2009年11月18日

刑務所の中 VOL.1

 誰が、その中に入っていて、どういう風にその情報を耳にしたのか、知りえたか、そのあたりのこといまいにさせていただいて、今日は、少し刑務所の中での囚人の本当の生活を書いてみたいそう思います。

 なんで今頃んな話になるんだ、と思うとは思いますが、とりあえず・・・サクラのいつものきまぐれということで、よろしくお願いいたします・・・・・

 刑務所では、初犯、再犯、少年、成人、女子、病人、等を区別し、それぞれに対応する刑務所に犯罪者を送り、適正な更生教育を施すことを前提に、受刑者を区分けします。

 初犯の場合で、犯罪傾向の進んでいない者は基本 A と区別されます。ただ、重犯罪だとか、やくざの構成員であったりして犯罪傾向の進んでいる者は、B と区別されます。

 また再犯の場合も、B と区別されます。 

 26歳未満の受刑者は、Yと区別され、殺人などの長期刑(執行期間8年以上の者)は、L と区別され、それぞれのアルファベットに対応した刑務所に受刑者は送られることになります・・・・が・・・

 Y の場合は、Y単独で使われることはなく、YA,YBと区分けされます・・・

 同じように,Lも、L単独と、LBと区分けされます。

 他にもその辺の区分けはあるのですが、今回は、YB、26歳未満の受刑者で、犯罪傾向の進んでいる者が収容されるYB刑務所の中の知られざる世界を書いてみたいと思います。

 現在、釧路刑務所はYA 初犯刑務所に変わってしまいましたが、ここ以前はYB 刑務所で、やくざでないものがこの刑務所に収容されると、”ちょんこう”とよばれ、ゴミ扱いされ、非常に厳しい刑務所生活を送らなければいけないやばい刑務所として有名でした。

 YBだった頃の釧路刑務所内には、その中でしか使えない貨幣が存在していまいた。

 それは、私物として月に一回、一束買うことのできるチリ紙でした。

 そのチリ紙仮に500枚あったとします。

 それを、受刑者は、綺麗に10枚をひとまとめにしております。

 この10枚1セットのチリ紙が、貨幣としての最少単位となりますが・・・・

 基本は、この10枚1セットを、10セット束にし、雑誌を切り取って作った帯で巻いたもの、計100枚が、ソフトボールや、将棋、その他刑務所内でやれる娯楽の勝敗を賭けにしたものに、使われます。
 
 競馬だとか、親がいて子が賭けるみたいなモノは、30枚とかでこまかく賭けますが、基本は、100枚賭けなので、ソフトボールで、チームが5連敗とかしてしまうと、あっという間に30日間持たせなければならない500枚のチリ紙をなくして官チリを使って、大便とかしないといけなくなります。

 ちなみに、刑務所の中では雑誌の切り取りは、懲罰になるはずなのですが、昔の釧路刑務所は、その辺が超甘かったようで、何も言われることもなく。モノのやり取り等も禁止されているのに、チリ紙のやりとりは、見て知らん振りということでした。

 なので、運動の時間が終わると、負けチームの人が、わさっとロッカー前に群がり、自分のロッカーから、賭けで負けた相手のロッカーにチリ紙を移す作業をするので、異様な光景になります。
  
 当然、そこには担当刑務官もいるし、他刑務所でそんなことしているのが見つかった瞬間、懲罰もんの行動なのですが、当時の釧路刑務所は、チリ紙紙幣の流通に関しては超寛大で、むしろそのチリ紙紙幣があることで、受刑者のストレスも軽減でき、喧嘩などが少なくなる、そんな風潮であったようです。

 で、このチリ紙紙幣なのですが、本当にこの釧路刑務所では貴重なもので、なくなると楽しみの賭けにも参加できなくなるということで、貸し借りもあり、当然、それには利息がついたり、利息ではなく、恩を売る、そういう目的にも使えるアイテムとしてとても大事なものでした。
 
 印刷工場の倉庫の天井奥には、当時の印刷工場の長とそのグループが蓄えに蓄えたチリ紙が、巨大な段ボール数個の中にびっしりと詰め込んでったという逸話まであります。

 チリ紙紙幣の巨大銀行ですね・・・・

 利息をつけて貸し、チリ紙紙幣で返済できないときは、昼食の貴重なコーヒー牛乳とか、ジャムとか、マーガリンで返す・・・

 逆にいえばチリ紙紙幣を、貴重なコーヒー牛乳で、買う・・・・

 だから、同じやくざでも、賭けに全然勝てなくて、借りばかりが増え、チリ紙紙幣をほとんど持っていない、コーヒー牛乳も飲めない、そんな人ももいますし。

 ”ちょんこう”と呼ばれるやくざではない人間でも、そのチリ紙紙幣をいっぱい持っていることで、刑務所生活を有利に生きていたもの、コーヒー牛乳を、チリ志紙幣と交換で常に何個も飲んでいたとか・・・
 あるそうです。

 300枚で、コーヒー牛乳一個と交換とか・・

 100枚で、ジャムとか・・・・

 大便するときは、官チリで代用できるので、とにかく当時の釧路刑務所内では、博打に参加できないことが、何よりも屈辱だったようで、博打のときに使うチリ紙紙幣・・・・

 このおもしろい素材を使って、今あるありきたりな刑務所モノの一元化された映画でなく、チリ紙紙幣が巻き起こす笑えるコメディタッチの刑務所モノ映画・・・・・

 サクラなら観てみたいと思いますが・・・・

 みなさんはどうでしょうか・・・・
 
 ゆるい規律で描かれた刑務所内の囚人たちと刑務官の姿・・・

 YBという特質ゆえの物語・・・・

 罪を犯した者には厳しくある必要はありますが・・・・

 覚せい剤で、奇怪な逃亡劇をした芸能人には執行猶予がついて、一般人にはつかないでYB一発なんていう、不公平な判決がまかりとおること自体おかしい話なもんで、酒井法子と同じ軌跡で一般の男性が逮捕されたら、たぶん、執行猶予はつかない、そんな面々の厳しくもおもしろおかしい生活をのぞき見するのもおつと思いませか・・・

 サクラ

 

 
posted by サクラAME at 17:47| ☀| Comment(0) | 懲役太郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

娑婆に1年、刑務所5年 VOL2

 
 仮名 和也 が、自分のことを語ってくれたのは、VOL1 の最後のほうで書いた、覚せい剤の使用と所持による罪で、2年6月の刑期を、満了し、出所して、約1年くらいがたとうとしていたころだった。

 当然の如く、彼は、娑婆では覚せい剤にはまり、シノギらしきしのぎもないので、悪事を働いて、お金を得るしかない。

 で、彼が思いついた悪事なのだが・・・・。

 ちょっとその前に、この 和也という人間、恐ろしいほどに、激しい性格と、優しい性格の同居した、釈迦と修羅が、同じ体の中で、同時に住みついているような人間なので、懲役にまつわる、なかなか、中に入り実体験してきた人でないと、語れない興味深い話があるので、まず先に書いておこうと思います。

 刑務所の中と言えば、刑務作業、あとは、まぁ、雑居房、独居房での生活がメインとなるのですが、中には、喧嘩、担当抗弁、などで、懲罰房送りになって、狭い独居房の一室で、懲罰期間が明けるまで、一日中、正坐・・・または、あぐらをかいた状態で、何もない木机に向かって何もしないですごさないといけないという罰が与えられる・・・。

 これが、この懲罰房程度ですまされない場合・・・・。

 暴れて、暴れてどうしようもない、担当に殴りかかることをやめない、こいつは、通常の懲罰房では、ダメだ・・・・。

 または、刑務官に、心底嫌われていたりする場合や、刑務官自体が
 もう、受刑者を人間扱いしていない(名古屋刑務所でのリンチ殺人事件が有名・・・・・)ということになると、革手錠をはめられて、一日中カメラが監視している特殊な懲罰房に入れられる。

 そこへ入れられた経験のある 和也 の話によると、そこは、暴れている受刑者が怪我などをしないように、角のない丸みを帯びた部屋で、いくつかのレンズが、自分のほうへ向けられて、少しでも、正坐の体制を崩そうなり、すると、スピーカー越しに、○○○番、きちんと正座しろ、と刑務官の叱声が聞こえてくるらしいです。

 で、まぁ、名古屋での刑務官によるリンチ殺人事件が公に、なってから革手錠は、”代紋エンブレム TAKE 2”の中で、阿久津丈二が、府中刑務所で、特殊懲罰房に入れられたときのような右を肩から後ろに回されて、背中に固定され、左手は背中したへ後ろ側から回されて、固定する、といった残虐な態勢での拘束衣は、禁止になって、右が前お腹部分で固定、左が背中腰部分で固定するタイプの拘束衣になったそうで、態勢的には、なんとか楽にはなっていたらしいですけど、それでも、その体制のまま、出される食事は食べなくてはならない・・・・。

 手も使えず、しかも、何がしかの幇助もしてくれない状況で、和也 は 犬のように食事をむさぼり食べた・・・・そう言っていました。

 そんな無茶をしたのは、初犯で行った千葉刑務所でだけだけど・・・そう言っていましたけど、基本、仮釈放をもらって出たことのない、刑務所内では、どうにもこうにも手のつけられない荒くれ者だったことは、これ、今更説明するまでもない、そう思います。

 また、ひとつ、面白い話を聞いたのが、女子高生コンクリート詰め殺人事件の、主犯格ではない使いッパシリ系の人間と、一緒になって、聞いた話なんだけど”警察発表では、死んで、その処理に困って、コンクリート詰めにした”ということになっていますが、和也が言うには、コンクリート詰めにするときには生きていて、最後の最後で、被害者の女の子が、コンクリートの中に沈みながら、”お願い助けて”と、使いッパシリ系の人間に哀願したというのだ・・・。

 まぁ、これ 懲役太郎の和也が、面白おかしく脚色した話なのかもしれないけれど・・・・・・、コンクリート詰め殺人事件について何も知らなかった サクラはその話を聞かされたとき、鳥肌が立ち、相当、ビビったのを覚えています。

 で、さーて、ここから、娑婆ではうまく暮らすことのできない和也が、とった悪事について書こうと思います・・・。

 彼は、レンタカーを借り、借りっぱなしで、お金なんて払わないで、移動手段として、そのときの彼女と、日本国内めぐりをしていたらしんですね、で、その途中によるガソリンスタンド・・・・・・。

 ここが 彼の シノギの舞台となるのですが。

 和也は、スタンドにつくと、わざと運転手側のドアの落ちやすい場所に、100均で買ったサングラスを置いて、いっらしゃいませ、と言って、ガソリンスタンドの店員が運転席側のドアを開けると同時に、多少、ねじくり回しておいたサングラスが落ちて・・・・・・。
 

「あっ サングラス、おちだじゃねぇかよ!!」


「申し訳ありません」


「申し訳ありませんじゃないよ、って言うか謝ったよな、当然、弁償してくれるんだろうな?」

「いえ、その、あの・・・・・」


「店長呼んでこいよ・・・・」


 ここから先の会話は予想つきそうなので、想像にお任せして、そうやって彼は、100円のサングラスで、7〜8万というお金をスタンドで荒稼ぎしていたそうです・・・・。

 で、当然、そんなことをいつまでも続けていれば、どこかで、おなじチェーン店で、2回やってしまうことも出てくる・・・。

 北海道のJA 池田と 北見の近くのどこかのJAでやってしまったそうです。

 そこで、これは、恐喝・・・・・また、詐欺で、指名手配されます。

 で、この十勝からとりあえず、出てしまえば何とかもう少し生き延びれたのかもしれませんが、彼は、狩勝峠の十勝側の起点となる新得のスタンドに寄ってしまったらしんですね・・・。

 なんか、やばい感じがしたからサングラスはセットしなかったらしいのですが、こちらのほうで、少しお待ちいただけないでしょうか・・・と、店員に促され、もうそのときには、警察が来るな、と思ったらしいのですが、まぁ、その思ったとおり、警察がきて、そのまま新得署へ連れてゆかれ・・・・・・・、逮捕・・・・・となったそうです・・・。

 ま〜た、娑婆にいたのは1年・・・・・。

 今度は、5年になるやら、3年になるやら・・・・・・。

 といったところで、話は

             続く。

 サクラ              
 

 
posted by サクラAME at 17:35| ☔| Comment(0) | 懲役太郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

娑婆に1年、刑務所5年 VOL1

 この今日のサクラのお話は、ある人の話を、元に多少のファンタジーを加えて話す、というか書く、お話になります。

 たぶん、全部を今日分のブログで、UPしきれないと思うので、沖縄ダイビングのように、数回に分けて書きたい、そう思います。

 また、その人の半生みたいなものを、小説(ちょっと、小説にするには、ドラマティックなところもあるけど、何かが足りないような気がしたので、ブログに数回に分けて描写、UPのほうがよいと考えました、プールで泳いでいるときに、ふと・・・。)にしてよ、と、頼まれたお話でもあるので、書いてみようと思います。

 仮名 和也 は、北海道のとある小さな町で、生まれたました。

 サラブレットの産地としても有名な場所ですが、和也は、中学卒業とともに、千葉へ左官職人となるべく上京(千葉なのでちょちと言葉は違うので要が・・・・その辺はご愛嬌で・・・)しました。

 そのころは、まだ、暴走族とか、そういいったものが盛んなころで若かりし、和也も、左官工の仕事をまじめにやってはいましたが、とある暴走族に属することとなり、週末になると、パラリラパラリラ、と騒音のメロディを奏でながら、千葉の国道を、朝まで暴走していました・・・。

 そんなときです。

 同じ暴走族系統の、レディスの女の子 仮名 レイ という同じ年の女子と知り会い、意気投合し、暴走族の集会とは別の日にも、一緒に、千葉の街を、爆音のメロディを奏でつつ、暴走行為に浸る日々を送っていくようになりました。

 そうして、少しの月日が流れます。

 一也とレイは、付き合うことになります。

 デートの場所は、暴走行為を行っている国道の脇にあるファミレス。

 そして、国道の脇にあるラブホ。

 二人は18歳のころの思い出を、爆音のメロディとともに、そこに紡ぎ出します・・・・・。

 けど、突然訪れた、二人のことを引き裂く出来事。

 最悪の事件・・・・。

 和也の運転するクルマの前を、助手席で箱乗りする女子を乗せて爆走するレイの運転するクルマが、ハンドル操作を誤って、国道脇の歩道に乗り上げて横転、そして、二人の女子を乗せたクルマは横転を続け、全損・・・・・。

 和也は、自分の運転するクルマを脇に止め、レイのもとへ向かいます・・・。

 そこで見た凄惨な光景・・・・。

 助手席に乗っていた女子は、人間としての体(てい)をとどめておらず、即死であることが、和也にもすぐに理解でき、彼女であるレイも、横転したクルマの運転席で、血を大量に流して、意識不明で、そこにいる・・・・。

 助けてあげることもできず・・・・。

 必死で、彼女の名を呼ぶことしかできない和也・・・・。

 すぐに訪れた、警察、救急車、消防車、レスキュー部隊・・・・。

 野次馬の群れ・・・・。

 和也は、レイの安否を知ることもできないまま、事情聴取の形で、警察に連行された・・・・。

 そこで、どうしたって、彼女であるレイの安否が気になってしょうがない、和也は、暴れ出してしまった・・・・。

 公務執行妨害、暴行、傷害・・・・で、最終的には起訴猶予となったが、2週間ほど警察の留置場に拘留された(この事件が、この先悲しい懲役太郎となる最初の第一歩であった)和也は、自由になってすぐに、彼女の入院する病院へ向かった。

 しかし・・・。

 彼女であるレイは・・・・・・。

 意識不明の重体。

 事故の日から一度も、目をあけることも、口を開くこともなく・・・・。包帯で巻かれた顔で、身体で、眠り続けていたのだった・・。

 和也は、毎日・・・・・通った。

 その病院へ、レイが眠り続けている病院へ・・・・通った。


 医者も、脳の損傷の度合から考えて、意識の回復を微妙と言った。

 でも、和也は、信じた。

 レイの意識の回復を・・・・・・。

 そうして、少しの日々が過ぎたとき・・・・・・。

「何してるの?こんなとこで、和也?何してるの」

 そう言って、レイは目を覚まし、意識を取り戻した。

 和也は笑って無言で、目を覚ましたばかりのレイの手を握った。

 でも、何もわかっていないレイは、死んでしまったレイの友達のことを、無邪気に和也に向って訊くのだった。

「死んだよ・・・・・・」

 和也は、ありあのままに答えた・・・・・。

「そうなんだ・・・・」

 そう言うと、レイは、線の涙を流し、また、無言のままの人形に戻った。

 それから数日が経った。

 そのときだった。

「もう、レイには合わないでほしい」

 和也は、レイの父親に言われた。

 病院にも来ないでほしい。そして、二度と自分の娘に近づかないでくれ、と哀願したのだった。

 和也は、その意を汲み取り、千葉を離れ、埼玉に移り住んだ。

 そして、レイのこと、あの事件のこと、忘れられそうなころ、和也は、大がかりな、強盗事件の計画を、埼玉で作った仲間たちとねり、実行したのだった。

 銀行から大金の入ったジェラルミンケースを、運び出してきた警備員を襲い、奪い、あらかじめ盗んで用意しておいたワゴン車に、ジェラルミンケースを載せ、自分たちも、そのクルマに乗りこむと、もうダッシュで、そこから逃亡した・・・・。

 数億のお金を手に入れることができた和也・・・とその仲間であったが・・・・。

 日本警察の捜査能力は極めて高い、あっという間に捕まり、和也は、裁判かけられ、懲役8年の実刑を言い渡されるのだった・・・・。

 懲役太郎の第1の刑務所生活はこうして、悲しみを忘れるために、犯した大罪のせいで、無情に始まってゆくのだった・・・・。

 
 ちょうどそのころ、もうすっかり元気になっていたレイは、無邪気に父親や、母親に聞いた?

 一也、どこへ行ったの?

 連絡とか来てない?

 来てないよ、という父親の書斎には、和也が、拘置所から、レイ宛に送った、何十通もの手紙が封をしたまま、保管されていたのだった。

 友人殺しの罪に苛まれるレイを、なだめ励ましてくれた和也・・・・を想い、憂う、レイ・・・・・・・。

 どこにいるのかもわからないまま、心は和也を探し、探そうとすればするほど、父親が、その想いを遠ざけるために、父なりの子を想う気持ちがそうする策略の一手を打つのだった。

「もう、彼は、お前の元にはもどってこない、強盗で8年間千葉刑務所に服役することになったそうだ・・・・・」

「手紙は?」

 レイは聞いた。

「強盗なんぞ犯すやつが、手紙なんぞよこすはずもなかろう・・・」

 レイは、泣いた。

 線でも点でもない涙を・・・・・・・・。

 号泣しても、何をしても、もうどうしようもないこともわかっていたけど、でも、泣くことをやめられなかった。

 それを、ずっとそばで見ていたレイの妹・・・・・。

 仮名 ツバサ が、その後、8年間の懲役を終えた 和也 に伝えた事実だった。

「お姉ちゃんは、今でも、和也のことしか思っていないよ、戻っておいでよ、千葉に・・・・」

 でも、8年の刑期を終え、満期で出所した和也は、北海道札幌市へ向かい、そこで関西系暴力団の下部組織に属することになったのだった。

 そして、レイへの想いを断ち切るために、背中に龍の刺青を入れた。
 
 その後、組事で、一度服役するが、出所後、覚せい剤で、逮捕、そして、組を破門になり、1発実刑、の2年6月・・・・・。

 8年プラス 2年の組事での実刑で、10年、そして、新たに2年6月の懲役、そのときの和也は弱冠、30才。

 18歳の後半から、刑務所暮らしが始まり、その間、娑婆にいたのは合わせて1年くらい、そう、和也は、私に向って自分を語ったときに言った・・・・。

 俺は懲役太郎、だとそう・・・・・・。


             続く・・・・。

 サクラ 





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posted by サクラAME at 17:20| ☁| Comment(0) | 懲役太郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする